【この世界は誰かの仕事で出来ている】
こんにちは。会計研修委員会の山田晃弘(本店部会)です。
ここ最近、「労働力人口の減少」・「働き方改革」・「AI技術の発展」、こうした言葉を目にしない日がないほど、我々の「はたらく」が今、ゆらいでいる気がしています。
人手不足はどの業種にも顕著で、自動化・省力化、働き方改革、AI(人工知能)技術などにより解決を図ろうとしているのが最近の流れと言えそうです。
AIが世界のトッププロ棋士に勝ったことは大きなニュースにもなりましたし、今後人間の仕事の多くはAIに取って代わられる、そんな予測も耳にします。
そんな時代だからこそ、そもそも「はたらく」って何でしょうか?
これに百人百様の答えがあることは想像に難くありませんが、私は
①「何かを作ること」、
そして
②「それ(作った物・事)を自分以外の誰かから評価されること」。
この2つがそろってはじめて、「はたらく」の本質ではないか、と考えています。
本質は不変、という「不易流行」の考えに立てば、弥生時代の「はたらく」(集落で行われた稲作をはじめとする農作業)と、現代の「はたらく」(オフィスで行われるデスクワーク)には、歴史の連続性の中に共通した本質が存在します。
人間が生存するためには、外から栄養を摂取する(食べる)必要があります。
したがって、過去には食料となる農作物を作ることがストレートに「はたらく」でした。
それが、物々交換の時代を経て、通貨が誕生し、効率を考える中で「作る」ことの分業が進み、直接的なこと以外のことも「はたらく」となっていきました。
また、行為としては同じですが、無人島にただ一人で、生きる(栄養を摂取する)ために釣りをし、木の実を取る。これを「はたらく」とは呼ばないことが、②「自分以外の誰かから、作った物・事を評価されること」を「はたらく」の条件に加えた根拠です。
今ではこうして「はたらく」を捉えることで、自らの仕事の限界が拡張され、世の変化にも柔軟でいられるような気がしています。
私はオーナー料理人として料理店を経営しています。これまで「料理を作る」のが私の仕事と考えていましたが、もしかすると「お客様の体と健康を作る」というふうに作る物の抽象度を上げて解釈すれば、また一味違った料理が出来るかもしれません。
また極論すればそれが良いか悪いかは別として、極めて遠い未来であろうが、調理の自動化が進み、料理を作らずとも、ただレシピを作る人が料理人と呼ばれる時代も来る・・・かもしれない。でも仮にそうなったとしても、何かに固執するのでなく、また自分は誰かから求められる「何か」を作っていけばいいワケで。
そういえば、数年前缶コーヒーのCMで、「この世界は誰かの仕事で出来ている」という秀逸なコピーがありました。これはまさにその通りで、世に存在する物は、自然(天然資源)と、自らの裸一貫を除いて、本当にすべてが誰かの仕事で作られていることに気付きます。
これから先、遠い未来だって人類は「はたらいて」いるはずです。
さあ、これから自分は何を作ろうかな。
さて最後になってしまいましたが、私も所属する会計研修委員会で作る『第1回 会計研修事業』が来る6月19日(月)に開催されます。
必ずや何かしらの気づき、成長を得ていただけるものと思います。
もしまだ参加を迷っておられる方は、軽い気持ちでまずはご参加を。
皆様にお目にかかれる事を楽しみにしております。
会計研修委員会 山田 晃弘(本店部会)